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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)934号 判決

原告

花川淳一郎

右訴訟代理人弁護士

澤田和也

被告

芦田正美

被告

芦田木材株式会社

右代表者代表取締役

芦田正美

右両名訴訟代理人弁護士

細見利明

主文

一  被告芦田正美は、原告に対し、金二四五万円及びこれに対する昭和五六年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社は、原告に対し、金一二二万一一五〇円及びこれに対する昭和五六年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担として、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実〈省略〉

理由

一原告が、昭和五三年一一月一六日、被告会社との間で、原告を注文者、被告会社を請負人として、本件建物の建築工事に関する請負契約を締結し、右請負契約に基づき、被告会社が、昭和五四年五月二十日頃、右建築工事を完了し、その頃、本件建物を原告に引き渡した事実は当事者間に争いがない。

二(瑕疵の判断基準)

1  請負の仕事の目的物に瑕疵があるとは、完成された仕事が契約で定めた内容通りでなく、不完全な点を有することであるから、瑕疵があるか否かを判断するに当たっては、まず契約によって定められた仕事の具体的内容が何であったかを図面や見積書、当事者間の了解事項等で確定する必要があり、これに反する工事内容があったり、低級の品質の材料が使用されておれば、仕事の目的物に瑕疵があることになる。また、明示の特約がなくても、請負の目的物が通常備えるべき品質・性能を具備することも黙示に合意されているとみるべきであり、建物の建築工事において、雨漏りや顕著な壁の亀裂、柱の傾き、床の不陸があれば、仕事の目的物に瑕疵があることになる。そのほか、建物の建築工事において、契約の内容が不明確な場合は、当事者間には少なくとも建築基準法の「第二章 建築物の敷地、構造及び建築設備」(同法施行令の関係部分を含む。)に適合した建築工事をする合意ができたものと推認するのが相当であり、同法に適合しないことは建築工事に瑕疵があるというべきである。蓋し、建築基準法第二章は、建築物が安全であるための構造等に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることを目的とし、国民に対しその遵守を義務づけているからである。

2  本件建物が住宅金融公庫の融資住宅でない事実は当事者間に争いがないが、原告は、本件請負契約において、被告会社が工事内容は公庫基準及び公庫仕様に拠る旨を約したとして、本件建物には公庫基準及び公庫仕様に適合しない瑕疵があると主張する。

右約定の存在について、原告本人(第一、三回)はその主張に沿う供述をし、甲第一号証の一(本件請負契約書)にも検査時期の欄に「国庫に準ず」なる記述が認められるけれども、被告芦田本人兼被告会社代表者(第一、二回)の供述に照らすと、原告本人の右供述はにわかに措信し難く、また甲第一号証の一の右記述も未だ原告主張の約定を認めるのに十分ではなく、他に右約定を認めるに足る証拠はない。

原告は、公庫基準及び公庫仕様は我が国における木造庶民住宅の標準仕様であるから、仮に被告会社との間で、これに拠る旨の明示の約定がなかったとしても、黙示の合意はあったとみるべきであるし、これに拠るべき事実たる慣習も存在すると主張する。しかし、そのような黙示の合意も、事実たる慣習も、これを認めるに足る確たる証拠はない。

したがって、本件建物の建築工事において公庫基準及び公庫仕様に適合しない箇所があっても、それを理由に瑕疵があると極め付けることは相当ではない。

三そこで、右の判断基準に従い、本件建物の瑕疵について判断する。

1  基礎

(一)  割栗地業

〈証拠〉によれば、本件建物の基礎の下には、割栗石がなく、土木工事の道路用砕石(クラッシャランのようなもの)が投込み敷きに敷いてあるだけの状態であること、公庫仕様では、割栗地業は割栗石を根切り底に隙間なく小端立てに張り込み、目潰し砂利を敷き、ランマー等で十分に突き固めることとしていること、割栗地業は地盤の突固めを効果的に行うことを主な目的としていること、以上の事実が認められ、右認定に反する被告芦田本人兼被告会社代表者(第一回)の供述は前掲証拠と対比したやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、地業の形態については、本件請負契約に具体的定めはなく、建築基準法施行令三八条一項は「建築物の基礎は、建築物に作用する荷重や外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下または変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない」と定め、地業も広義の基礎工事の一部に含まれるけれども、右規定が地業の形態を割栗地業でなければならないと定めたものとも解されず、他にこれを定めた法規はない。そして、本件地業が、本件建物のための地業として構造耐力上の安全性に欠けることを認めるに足る証拠はないから、公庫仕様と比較し、地盤補強の上で些か劣るものがあることは否定できないけれども、これをもって未だ建築工事の瑕疵ということはできない。

(二)  基礎底盤

〈証拠〉によれば、本件建物の布基礎(帯状の基礎コンクリート)は、投込み敷きに敷いてある砕石の上に、型枠なしに流し打ちした不整形のコンクリートがあり、その上に立上がり部分が作られているもので、布基礎の下部に逆丁字型の整形された底盤は存在しなこと、流し打ちしたコンクリートの厚さは七〜一〇センチメートルあるが、幅は一定しないこと、公庫仕様では、本件建物と同じ木造二階建住宅の布基礎には、型枠施工による厚さ一二センチメートル・幅三二センチメートルのフーティング(基礎底盤)が必要とされ、布基礎の形状は逆丁字型でなければならないこと、型枠なしにコンクリートを流し打ちした場合、水分が地盤に吸収されて強度の落ちる恐れがあり、また、底盤が不整形の場合は不同沈下のため底盤がせん断する恐れもあること、基礎底盤は基礎の接地面積を広げ、建物の基礎をして荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、構造耐力上安全なものにするため有効なものであること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、本件建物の基礎の形状については、本件請負契約にも、また建築基準法・同法施行令にも別段の定めはないが、建築物の基準は、前記のとおり、「建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない」(建築基準法施行令三八条一項)とされているから、本件建物の基礎の形状の当否及びその構造耐力上の安全性は、右条項に照らして検討されなければならない。そして、建築基準法二〇条二項に規定する建築物(同法六条一項二、三号に掲げる建築物)の構造計算は、建築基準法施行令「第八節 構造計算」の規定によらなければならない(建築基準法施行令八一条一項)が、本件建物は木造二階建てであり、右建築物に含まれないこと明らかであるから、本件建物の基礎の安全性は、建築基準法施行令所定の構造計算によるまでもなく、他の証拠によりこれを判断しうるものである。もっとも右法定の構造計算により、その安全性を確かめることを妨げられるものではないが、本訴においては、そのために必要な資料が十分でなく、本件建物の基礎の安全性を構造計算によって判断することは困難である。

そこで、更に検討するに、証人本荘光昭の証言及び鑑定の結果によれは、建築業界の通念として木造二階建住宅の布基礎には底盤が必要であり、その底盤は逆丁字型の整形されたものであることが望ましいこと、型枠なしにコンクリートを流し打ちした場合でも、そのコンクリートに十分な幅と厚さがあれば、構造耐力上差し支えなく、底盤付き布基礎と見られなくもないが、本件建物の基礎に流し打ちされた前認定のような形状のコンクリートでは、幅・厚さ共に不足しており、到底基礎底盤とはいえないことが認められ、右認定に反する被告芦田本人兼被告会社代表者(第一、二回)の供述は右各証拠と対比し措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

被告らは、いわゆるツーバイフォー工法(枠組壁工法)による二階建ての建築物では、建設省告示で基礎底盤は不要とされている以上、本件建物の基礎底盤には鉄筋が入れてあるから、本件建物の基礎は安全性において十分である旨主張する。

しかし、先ず、枠組壁工法を用いた建築物は、その構造方法の特殊性の故に、建設大臣が定めた安全上必要な技術的基準に従えば足りる(建築基準法施行令八〇条の二第一号)が、証人本荘光昭の証言によれば、枠組壁工法を用いた建築物は、在来工法による建築物と比較し、建築物の固定荷重(自重、建築基準法施行令八三、八四条参照)が著しく軽いことが認められ、一方、本件建物が在来工法による建築物であることは弁論の全趣旨により明らかであるから、被告ら主張のとおり、建設省告示で枠組壁工法による二階建ての建築物には基礎底盤が不要とされているにしても、これをもって本件建物の基礎の安全性に関する判断基準にすることは相当でない。また、本件建物の布基礎に底盤といいうるものがないことは前示のとおりであるが、底盤に代えて流し打ちしたコンクリートの中に鉄筋が入れてある事実も、これを認めるに足る証拠はない。

以上によれば、基礎底盤は、建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全な基礎にするため、木造二階建住宅には必要なものであるのに、本件建物にはこれがないから、本件建物の基礎には、建築基準法施行令三八条一項所定の構造耐力上の安全性に欠ける瑕疵があるというべきである。

2  軸組構造

(一)  繋ぎはり

前記甲第四号証及び鑑定の結果によれば、軒けたの水平方向の移動を防ぐ構造部材である繋ぎはりが、本件建物では要所で多く欠落している事実が認められる。構造部材であるはりの配置について、本件請負契約に具体的定めはないが、建築基準法施行令三六条二項によれば、「建築物に作用する水平力に耐えるように、つりあいよく配置すべきものと」されているから、繋ぎはりの欠落は建築工事に瑕疵があるというべきである。

(二)  使用木材の品質

前記甲第四号証によれば、目視できる範囲で、二階大屋根の小屋組に使用されている丸太はりに虫が生存していた形跡があり、また、小屋組材には総じて割れ・腐り・欠け・虫穴・入り皮が多く見られ、一部に日本農林規格に適合しない品質の木材が使用されている事実も認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。横架材(はり、けた)、小屋組等の「構造耐力上主要な部分に使用する木材の品質」について本件請負契約に格別の定めはないが、建築基準法施行令四一条によれば、「節、腐れ、繊維の傾斜、丸身等による耐力上の欠点がないものでなければならい」とされており、また、これら主要構造部の建築材料の品質は、日本農林規格に適合するものでなければならない(建築基準法三七条)から、小屋組材の一部には、構造耐力上の欠点を問うまでもなく、建築基準法三七条違反の瑕疵があるというべきである。しかし、右丸太はりについては、構造耐力上の欠点や日本農林規格に適合しない品質のものである事実を認めるに足る証拠はない。

(三)  仕口・継手

仕口・継手の方法について、本件請負契約に別段の定めはないが、建築基準法施行令四七条一項は、「構造耐力上主要な部分である継手又は仕口は、ボルト締、かすがい打、込み栓打その他これらに類する構造方法によりその部分の存在応力を伝えるように繋結しなければならない」と定めている。ところが、本件建物の目視可能な小屋組構造部材の仕口をみるに、前記甲第四号証及び鑑定の結果によれば、小屋づかとけた、はりとの結合にかいがい等の金物補強が全く無く、小屋づかの上部・下部の仕口も、ほぞ・ほぞ穴の加工が粗雑で結合が甘く、つかが倒れていたり、母屋が浮き上がっていたり、ほぞとほぞ穴の方向が合わず、ほぞを切り落として突付けにし釘一本止めのまま放置している箇所などがあり、また繋ぎはりに仕口のほぞ加工がなく、突付けで釘打ち止めをしただけのものもあること、鑑定の結果によれば、筋かいとはりとの間に約1.5センチメートルの隙間がある上に補強金物もない等の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件建物は構造耐力上主要な部分である仕口が十分に繋結されているとはいえず、建築基準法施行令四七条一項に反する瑕疵があるというべきである。

(四)  斜材または軸組

(1) 壁又は筋かい入り軸組

本件請負契約に約定はないが、建築基準法施行令四六条一項によれば、木造建物「にあっては、すべての方向の水平力に対して安全であるように、各階の張り間方向及びけた行方向に、それぞれ壁を設け又は筋かいを入れた軸組をつりあいよく配置しなければなら」ず、二階以上の木造建物では、右壁又は筋かいを入れた軸組の量は各階ごとに法定の必要数値を充足する必要があり、その数値の算定式が法定されている(同条三項)ところが、前記甲第四号証によれば、本件建物の一階における壁又は筋かいを入れた軸組は、法定の必要数値に対し、けた行方向で56.6パーセント、張り間方向で79.7パーセントしかなく、法定の構造基準を充足していないこと、また、鑑定の結果によれば、取りつけられた筋かいに、はりとの間に約1.5センチメートルの隙間があり、金物補強もなく、筋かいとして有効でないものがあること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件建物は建築基準法施行令四六条一、三項に反し、水平力に対して安全性を欠く瑕疵があるというべきである。

(2) 火打材

火打土台が土台のゆがみを防ぐため、又火打ばりがはりとけたの接合部を固めるため、土台、二階の床組及び小屋はり組のすみずみに取り付けられる斜材で、いずれも建物のすみを平面的に固めるため、耐震、耐風上有効な補強構造部材であることは前記甲第三号証により明らかであり、そのため、建築基準法施行令四六条二項は「床組及び小屋はり組の隅角に火打材を使用しなければならない」と定め、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件請負契約の図面でも二階床組及び小屋はり組の一部には火打ばりを取り付けることになっていることが認められる。しかるに、本件建物に火打土台の取付けが全くない事実は当事者間に争いがなく、前記甲第四号証及び鑑定の結果によれば、火打ばりも目視可能な範囲で欠落が多く、取り付けてある火打ばりには、仕口加工が悪く緊結されていないため、有効な火打ばりとして機能していないものがある事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件建物は本件請負契約及び建築基準法施行令四六条二項に反し、構造耐力上の瑕疵があるというべきである。

(なお、被告らは、建築基準法施行令四六条においても、火打材は絶対不可欠のものとされているわけではないと主張する。しかし、現行の同条二項には但書で例外が設けられているが、本件請負契約が締結された昭和五三年一一月当時施行の同条二項には但書はなく、火打材の使用は絶対不可欠であったことを付言しておく。)

(3) 小屋組の振れ止め・けた行筋かい・小屋筋かい

本件請負契約に約定はないが、建築基準法施行令四六条二項は「小屋組には振れ止めを設けなければならない」と定めている。前記甲第三号証によれば、振れ止めは、和式小屋組が水平外力に対して比較的脆弱なことから、小屋組を補強するため取り付けるものであることが認められるから、右にいう振れ止めには、同じ目的のいわゆる小屋筋かい及びけた行筋かいを含むものと解すべきである。ところが、小屋組の振れ止めを施行していない事実は当事者に争いがなく、前記甲第四号証によれば、本件建物には振れ止めのみならず、これら小屋組補強の三部材が全く欠落していることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件建物には建築基準法施行令四六条二項に反する瑕疵があるというべきである。

(4) 根がらみ貫

本件建物に根がらみ貫の施工のない事実は当事者間に争いがない。

前記甲第三、四号証によれば、根がらみ貫の取付けは、床の移動荷重や衝撃荷重によってつかがつか石から浮き上がったり、移動することを防止するのが目的であり、確立された床組の補強材であることが認められる。したがって、請負契約に別段の定めはないけれども、建築基準法施行令三六条一項は建築物に根がらみ貫の取付けを義務付けているものと解すべきであるから、本件建物には右の点につき瑕疵があるというべきである。

3  材料の品質、美粧仕上げ、空間性能

(一)  使用材木の品質

〈証拠〉によれば、室内のいわゆる見えがかりを持つ柱は、本件請負契約では、少なくても一面以上節のない柱を使用する約定であったのに、本件建物には、そのような無節の柱は全く使用されていない事実が認められ、右認定に反する被告芦田本人兼被告会社代表者(第一回)の供述は、証人本荘光昭の右証言に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、柱材については、その品質において本件請負契約に反する瑕疵があるというべきである。

また、本件建物の小屋組材の一部に日本農林規格に適合しない品質の木材が使用されており、建築基準法三七条違反の瑕疵があることは前示のとおりである。

(二)  軸組架講

柱の一部に傾きがある事実は当事者間に争いがないが、前記甲第四号証及び鑑定の結果によれば、本件建物は過半数の柱が一又は二方向に倒れており、特に顕著な傾きを示すものが一階に七本、二階に二本もあり、また敷居やかもいが傾斜している開口部や建具の立て付けが悪く隙間を生じ、居住性や美観上問題のある箇所もあるなどの事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

前示のとおり、請負契約のおいては、明示の特約がなくても、請負の目的物が通常備えるべき品質・性能を具備すべきことは黙示に合意されているとみるべきところ、右事実によれば、本件建物は、柱の傾きや敷居・かもいの傾斜、建具の立て付け不良が顕著で、建物が通常備えるべき品質・性能を欠くといわざるをえいなから、本件建物には、右の点について、本件請負契約(黙示の合意)違反の瑕疵があるというべきである。

(三)  床面

証人本荘光昭の証言及び鑑定の結果によれば、本件建物には、一、二階共に床面の傾斜・不陸があり、その程度は顕著で0.5パーセントを越える部分もあって、静止させたラムネの玉が自然に転がり出すほどである事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件建物には、床面が水平であるという建物が通常備えるべき品質・性能を欠いているから、本件請負契約(黙示の合意)違反の瑕疵があるというべきである。

(四)  室内高

原告本人(第三回)の供述及び前記甲第四号証によれば原告は背丈が高いほうであり、子供達も伸び盛りなので、原告は、本件請負契約において、かもい高(敷居からかもいまでの内法の高さ)を一八〇センチメートルにするよう注文し、被告会社もこれを承諾したこと、しかるに、施工の結果はかもい高が一七五センチメートルしかなく、原告らは日常生活のうえで不便をしている事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件建物のかもい高には、請負契約に反する瑕疵があるというべきである。

(五)  土壁及び小舞下地

前記甲第四号証及び鑑定の結果によれば、本件建物では荒壁の裏返し塗りが施工されてなく、また壁の下地に竹小舞のほかラスボードが使用されている事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

しかし、これらは、本件請負契約に別段の約定はなく、建物が通常備えるべき品質を欠くものともいえず、かつ、建築法規に違反するものでもないから、いずれも瑕疵ということはできない。

4  まとめ

以上のとおり、本件建物は、随所に本件請負契約の約定や建築基準法・同法施行令の関係条項に違反する瑕疵を帯有しており、いわゆる欠陥住宅である。とりわけ基礎及び軸組構造は、本件建物に作用する荷重や外力に対して法定の構造耐力上の安全性に欠けているから 本件建物は、地震や台風等の振動・衝撃を契機にして倒壊しかねない危険性を内臓する建築物であるといわざるをえない。

四被告らの責任

1  被告芦田

(一)  被告会社が木材販売業のかたわら建築請負業を営む株式会社であり、被告芦田がその代表取締役で、本件建築工事の施工を担当した事実は弁論の全趣旨により明らかである。

(二)  被告芦田本人兼被告会社代表者(第二回)の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、建築工事の施工に当たり、使用木材は自ら調達したが、基礎工事・木工事等の主要部分の工事はそれぞれの専門業者に下請負いさせ、そのうち木工事については、かねてよく頼んでいた大工に依頼できなかったため、初めて頼む業者に発注し、木工事全般を施工させたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

前示のとおり、本件建物には、基礎や軸組構造の欠陥、柱の傾き、床面の不陸及びかもい高の不足等、その随所に瑕疵がみられるが、これら瑕疵は、使用木材の品質不良を除き下請業者の工事の手抜き又は工事の不十分さに起因すものと認められ、本件建築工事の施工を担当した被告芦田としては、絶えず工事現場に臨み、下請業者に対し適切な指示を与えるなどして、本件建物が請負契約及び建築基準法・同法施行令に適合し、かつ、住宅として通常備えるべき品質・性能を保持すべき建築物に仕上げるよう、下請業者の施工を十分に管理すべき注意義務があったというべきである。

しかるに、被告芦田本人兼被告会社代表者(第一、二回)の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告芦田は、木材の取引については豊富な実務歴を有するものの、建築について専門に学んだことはなく、友人の大工の手伝いをしたりするうち見よう見真似で住宅建築の一通りの工程を身に付けたものに過ぎず、建築基準法や建築基準法施行令で定める建物の構造基準等に関する知識はきわめて乏しいことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。被告芦田本人(第二回)は「急所急所は行っていました」と述べるものの、右のように建築法規にうとい被告芦田であってみれば、工事現場に臨んでも、下請業者に対し、建築基準法や同法施工令に適合する建物に仕上げるよう適切な指示を与えることなど期待しうべくもなく、十分な施工管理ができたということは到底できない。

のみならず、柱の傾きや床面の不陸など本件建物が住宅として通常備えるべき品質・性能を欠いていることや、かもい高の不足のように明示の約定に反して施工がなされた事実は、被告芦田の施工管理がいかに杜撰であったかを確認するのに十分である。

以上によれば、被告芦田には少なくとも施工管理上の過失があるというべきである。

(三)  右認定のとおり、本件建物に使用された木材は、木材販売業をも営む被告会社が自ら調達したものであるが、前示したとおり、使用材木のうち、小屋組材の一部には建築基準法に適合しないものがあり、また、本件請負契約に反して本件建物には室内のいわゆる見えがかりを持つ柱に無節の柱が全く使用されていないのである。

右事実によれば、被告会社の代表者である被告芦田には品質不良の木材を使用することについて故意が認められる。

(四)  よって、被告芦田には、本件建物の瑕疵について、故意又は過失があるから、民法七〇九条に基づく不法行為責任を負うべきである。

2  被告会社

(一)  前示のとおり、被告会社は昭和五四年五月二〇日頃建築工事を完了し、その頃本件建物を原告に引き渡したが、本件請負契約に基づく本件建物の施工に関して前記の瑕疵が存在するのであるから、被告会社は、原告に対し、民法六三四条二項による担保責任として、瑕疵の修補に代わる損害賠償をすべき責任がある。

(二)  被告会社の代表取締役である被告芦田に不法行為が成立すること前示のとおりであるから、被告会社も、民法四四条一項に基づき不法行為責任を負い、原告の蒙った損害を賠償すべきである。

(三)  原告は、選択的(択一的)主張ながら、被告会社に対し、民法四一五条に基づき債務不履行(不完全履行)による損害賠償を求めている。

しかし、請負工事の瑕疵による請負人の責任については、不完全履行の一般理論は排斥されると解すべきである。けだし、請負工事の瑕疵による請負人の責任についは民法六三四条以下に詳細な規定があり、これらは不完全履行に関する一般理論の特別規定とみるのが相当であるからである。

(四)  以上によれば、被告会社は、請負人の担保責任又は法人の不法行為責任のいずれかにより、原告に対し、本件建物の瑕疵による損害について賠償責任を負うものである。

五原告の損害について

1 本件建物の前記瑕疵のうち、火打材・振れ止め・根がらみ貫等の欠落、床面の不陸、建具の立て付け不良等の部分的瑕疵が相当な方法により修補可能であることは弁論の全趣旨により明らかである。しかし、建物の基礎や軸組構造にかかわるその余の瑕疵、及び柱の傾き、かもい高の不足、使用木材の品質不良等の瑕疵は、これらを瑕疵のない完全なものとするためには新しく建て替えるか、又はこれに匹敵する大修繕を必要とするものばかりであるから、その修補が物理的に不可能ではないにしても、社会通念上は、これらの瑕疵の修補は不能というべきである。そして、本件建物では、修補可能な瑕疵は全体の瑕疵の一部に過ぎず、大半の重大な瑕疵はいずれも修補不能な瑕疵であることを考慮すると、本件建物の瑕疵は全体として修補不能であるとみて、原告の損害額を検討するのが相当である。

2 原告は、本件建物が木造住宅としての安全性にかけ、強風や地震により倒壊する恐れがあることや、新築注文住宅なので、瑕疵修補の方法は単に性能を回復するだけの継ぎはぎだらけのものであってはならないことを理由に、本件建物の瑕疵を除去するには、これを取り壊し設計図書通りに再度建て替えるほかに相当な修補方法はなく、これに相当する損害が原告に生じているとして、本件建物の建替え費用等の損害賠償を請求している。

しかし、当裁判所は、原告の右主張のうち、建替え費用及び建替えを前提とする諸費用についても本件建物の瑕疵により原告の蒙った損害であるという部分は、到底採用しえないものであると考える。その理由は次のとおりである。

(一) 原告は、本件建物の瑕疵の修補が物理的に不可能ではないことを前提に、その修補に用する費用(建替え費用)等相当額を損害と主張しているものと解されるが、本件建物の瑕疵は、前示のとおり社会通念上修補不能であり、そもそも瑕疵修補の請求はできない事案である。

(二) 瑕疵修補の請求ができない場合に、注文者が請負人に対して請求しうる損害賠償の額は、一般に言って、瑕疵を修補するために要する費用ということはできない。このことは、民法六三四条一項但書の趣旨からも明らかである。

(三) 民法六三五条但書により、建物やその他の土地の工作物については、契約の目的を達することのできない瑕疵があっても、請負契約を解除することはできず、右規定は強行規定と解されているのに、建替え費用等を損害と認めることは、実質的に契約解除以上のことを認める結果になる。

(四) 瑕疵修補の請求ができない場合の損害賠償の額は、目的物に瑕疵があるためにその物の客観的な交換価値が減少したことによる損害を基準にして、これを定めるのが相当である。何故なら、右の考え方は、財産上の損害のとらえ方について、請負人の担保責任、売り主の瑕疵担保責任及び物の毀損による不法行為責任の全てに共通した理解を可能にするからである。

以上によれば、本件建物の瑕疵により原告の蒙った財産上の損害は、瑕疵があるために本件建物の客観的な交換価値が減少したことによる損害と解すべきであるから、原告主張の損害のうち、本件建物の建替え費用及び建替えを前提とする諸費用(請求原因5の(二)の(1)ないし(3)及び(6))は全て理由がなく、失当といわざるをえない。

原告は、本件建物の瑕疵により原告の蒙った損害として、瑕疵があるために本件建物の客観的な交換価値が減少した事実を明示的に主張するものではないが、原告の主張中にこれが黙示的に含まれるものと善解しても、原告は、建替え費用及び建替えを前提とする諸費用の請求に固執する余り、右瑕疵による本件建物の価値の減少額について鑑定等による立証を何らしようとせず、結局、本件において右価値の減少額を認めるに足る証拠は皆無なのである。

3  調査・鑑定費用

〈証拠〉によれば、原告は、本件建物の瑕疵に関する資料を収集するため、建築専門家による調査・鑑定を必要としたことから、本件建物の瑕疵とその修補の方法・費用等について一級建築士に調査・鑑定を依頼し、その費用として四五万円を支払ったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そして、前記認定のような本件建物の瑕疵の内容、程度、その判定の困難性等を考えると、原告の支出した調査・鑑定費用四五万円は、本件建物の瑕疵と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

4  慰謝料

原告本人(第一、三回)の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告は、念願の自宅を新築したものの、本件建物に入居直後から種々の欠陥に悩まされ、やがて建築専門家に調査・鑑定を依頼した結果、本件建物には基礎や軸組構造に重大な瑕疵があることが判明し、大きな精神的打撃を受けたことが認められる。そして、本件建物の瑕疵の内容・程度その他一切の事情を総合し、とりわけ本件建物がいわゆる欠陥住宅でその瑕疵は重大であるのに、原告の主張立証のまずさから瑕疵の修補に代わる損害賠償が認容されなかった事情があるので、この回復されない損害をも考慮して、慰謝料の額は一〇〇万円を相当と認める。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟の追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用・報酬の支払いを約したことが認められる。そして、被告芦田が不法行為責任を、被告会社が担保責任のほか不法行為責任を負うことは前示のとおりであるから、本件事案の内容、損害額その他一切の事情を考慮し、被告らが負担すべき相当因果関係にある原告の弁護士費用は一〇〇万円とするのが相当である。

6  まとめ

以上によれば、原告の損害額は二四五万円となる。

六相殺

1  対立する債権

(一)  本件請負契約の工事代金が一一六〇万円で、うち一〇五〇万円が支払済みであること、被告会社主張の追加工事のうち、水洗便所・風呂場関係について工事代金が合計二二万円で、うち二〇万円が支払済みであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  被告芦田本人兼被告会社代表者(第一回)の供述によれば、右水洗便所等以外にも、代金三五万円で屋根の庇を銅版葺にした工事及び代金三、四万円で外裏の窓を一か所開けた工事はいずれも原告の注文による追加工事であったことが認められ、原告本人(第一回)の供述中右認定に反する部分は右証拠と対比したやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかし、被告会社主張のその余の追加工事については、原告との間にそのような工事を約した事実を認めるに足る証拠はない。

右によれば、原告は、被告会社に対し、前記水洗便所・風呂場関係のほか、庇の銅版葺及び外裏の窓関係の追加工事代金として少なくとも三八万円を支払うべき義務があるというべきである。

(三)  以上によれば、本件建物の請負代金は本工事分一一六〇万円、追加工事分六〇万円であるところ、原告は、本工事分のうち一〇五〇万円、追加工事分のうち二〇万円をそれぞれ支払っているから、請負代金の残金は一五〇万円となる。

(四)  一方、〈証拠〉によれば、原告は、本工事代金のうちガス工事・掃除養生費等合計二七万一一五〇円を、本件建築工事中被告会社のために立て替えた事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。したがって、原告は、被告会社に対し、右同額の求償債権を有するものというべきである。

(五)  その他、原告が被告会社に対し二四五万円の損害賠償債権を有することは前示のとおりである。

2  相殺の効果

(一)  原告が、昭和六一年一一月五日の本件第二四回口頭弁論期日において、被告会社に対し、原告の損害賠償債権及び求償債権をもって被告会社の請負代金債権と、その対当額で相殺する旨の意思表示をした事実は訴訟上明らかである。

(二)  ところで、相殺の効力は相殺の適状の生じた時にまで遡るので、対立する各債権の弁済期について検討するに、成立に争いのない甲第一号証の一(工事請負契約書)によれば、請負代金は工事完成時に完済する約定であったこと、また前記認定の事実によれば、原告の立替金は遅くとも工事完成前に支出されたことがそれぞれ認められ、他に右認定に反する証拠はない。そして本件建物の瑕疵による損害賠償債権は、その根拠が請負人の担保責任であれ、不法行為責任であれ、いずれも建物の引渡しの時に発生するものと解するのが相当である。

前示のとおり、本件建物の完成は昭和五四年五月二〇日頃で、その頃本件建物が原告に引き渡されているから、右各債権の弁済期は昭和五四年五月二〇日とみるべきであり、本件相殺はその日に遡って効力を生じたことになるが、立替金をもって先ず請負代金と対当額で相殺することが原告の意思に合致するものと推認されるから、相殺の結果、原告は、被告会社に対し、一二二万一一五〇円の損害賠償債権を有することになる。

七結論

以上の理由により、原告は、被告芦田に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、二四五万円及びこれに対する不法行為の日の後であり、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年八月一三日から、被告会社に対し、請負人の担保責任による瑕疵の修補に代わる損害賠償請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、一二二万一一五〇円及びこれに対する本件建物の引渡しの日かつ不法行為の日の後であり、本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年八月一三日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利があるというべきである。

よって、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却することとし、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官白井博文)

別紙物件目録

神戸市西区玉津町今津字西垣内六五番地の六

家屋番号同所六五番六

木造瓦葺二階建居宅

床面積 一階 90.23平方メートル

二階 40.74平方メートル

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